【人間国宝】津村禮次郎!能楽師の流派や年収は?

津村禮次郎さんは、能の重要無形文化財です。舞台でさまざまな人々とのコラボレーションを繰り広げています。バレエやコンテンポラリーのダンサーとの共演が多く、能に対する一般的なイメージを覆してくれます。人間国宝・津村禮次郎さんの流派や年収を調べてみました。

スポンサーリンク

大学在学中に能に魅せられて津村紀三子に師事

津村禮次郎さんは、1942年、福岡県北九州市に生まれます。能と接点を持つようになったのは、大学在学中です。一橋大学に在籍していた頃、能に魅せられて女流能楽師の津村紀三子に師事します。大学を卒業した後は、観世喜之に師事します。

1967年、師の津村紀三子の養子となります。1974年、津村紀三子の死去により、津村が主宰した緑泉会を継承します。

1991年、重要無形文化財「能楽」の保持者に認定されます。古典能の公演の他、指導者として若手の育成に努め、二松學舍大学文学部特任教授として指導に当たっています。

津村紀三子とは?女性で初めて師範の免状を受けた人物

人間国宝・津村禮次郎さんが最初に師事し、後年、その養子となった津村紀三子(つむら きみこ)さんは、近現代能楽史において、女性能楽師の先駆者と評されている人です。1902年、兵庫県明石市に生まれます。本名は「しげ」。7歳頃から謡曲を習い始めます。

1921年、観世華雪に師事します。東京と朝鮮を往復し、朝鮮で演能しましたが、当時の能楽界は女人禁制とされており、女性による演能は許されていませんでした。

そのため、師から破門されてしまいます。1939年、正式に能楽界へ復帰し、女性で初めて師範の免状を受けます。

スポンサーリンク

能楽師の年収は?能楽師は能楽協会に所属していても個人事業主

能楽師は、能楽協会に所属していますが、能楽協会から給与が出たり、公演の斡旋がなされるという事はありません。能楽師は、個人事業主です。

狂言方やワキ方の場合は、芸能プロダクションが窓口になって一座を組む事もありますが、シテ方や囃子方はフリーランスの個人事業主です。

能楽師の年収の平均は、487万円。シテ方だと、540万円から750万円が普通です。能楽師の収入は、弟子からの月謝、舞台の出演料、テレビ等のメディアに露出した時のギャラですが、人間国宝の津村禮次郎さんのようなケースを除き、大半は月謝が占めています。

月謝は、弟子1人につき、8000円から15000円とされています。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする