松浦勝人の年収と資産!起業から小室哲哉との出会いまで

松浦勝人(まつうら まさと)さんは、エイベックスの創業者です。エイベックスは、松浦勝人さんが6月22日に同社の会長CEOに就任する事を発表しました。

代表取締役社長CEOからの異動の理由は、「今後の市場環境の変化に対応するため」とされています。松浦勝人さんの年収や「起業から小室哲哉との出会いまで」を調べてみました。

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貸レコード店でのバイトが出発点だった!バイトを始めて3ヶ月でマーケティングを考えるようになる

松浦勝人さんの出発点は、貸レコード店にあります。松浦勝人さんは、日本大学3年生の1985年に、貸レコード店「友&愛」港南台店でバイトを始めました。ダンスミュージックが大好きだった松浦勝人さんは、掛け持ちしていたバイトを全て辞め、時給も気にせず、貸レコード店でのバイトに励みました。

松浦勝人さんがバイトを始めて3ヶ月で、オーナーから「店が潰れても文句は言わない。松浦に任せるから好きなようにやってくれ!」と言われます。

松浦勝人さんは、すぐにマーケティングを自ら考え、地道に自分たちの店の弱点を克服していきました。この時、一緒にバイトをしていたのが、現・エイベックス株式会社取締役COOの林真司さん、元・取締役の小林敏雄さんでした。

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商才を認められて会社を設立!新店舗の出店場所は立地にこだわった

1986年にはアルバイト先のオーナーに商才を認められて、そのオーナーと松浦勝人さんの父親の共同出資により、株式会社ミニマックスを設立します。その代表取締役に就任した松浦勝人さんは、横浜市港南区上大岡駅前にフランチャイズの貸レコード店「友&愛」上大岡店を開業します。

新店舗の出店場所を上大岡に決めたのは、松浦勝人さんが高校生の時に駅を利用して、人の流れを熟知していたからです。上大岡駅は、横浜市では横浜駅に次ぐ乗降客数でした。「商売は立地だ」「絶対にここである必要性を僕は知っていた」と、松浦勝人さんは後に語っています。上大岡駅には競合店が4店舗ありました。

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レベッカのCD発売で売り上げが上昇する!輸入業のサイドビジネスを始める決心をする

当時はレコードとCDの端境期で、ほとんどの新店舗はレコード主体で出店していました。松浦勝人さんは、「80%をCD」という仕入れにします。新店舗は6月6日にオープンしました。10月末に、当時大人気だったレベッカのCDが発売され、その日を境に売り上げは上昇します。数ヶ月後には、全ての競合店を退け、地域No. 1となります。

松浦勝人さんのもとには、全国から貸レコード店のオーナーが訪ねてくるようになります。松浦勝人さんの店の輸入盤の多さに興味を持ったオーナーから、松浦勝人さんは、「自分の店の仕入れを代行してくれないか」と話を持ちかけられます。

松浦勝人さんは、「輸入業」を始める決心をして、全国の貸レコード店に「輸入盤を扱わないか」というダイレクトメールを送りました。

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【輸入業を本格的に始める!海外からの直接輸入を考えて直接交渉する】
大きな反響があり、松浦勝人さんは、すぐに30店舗の輸入盤の仕入れを代行するようになります。そして、誘いを受け、輸入盤の卸しを別会社で始める事にします。

この別会社が後の「avex」でした。1987年10月、松浦勝人さんは、エイベックス・ディーディー株式会社を設立し、取締役に就任します。

松浦勝人さんは、輸入盤を選び、曲の解説も付けて、レンタルレコード店に送りました。取引店舗は6000店舗近くになっていました。次第に松浦勝人さんは、海外から直接輸入した方が安くなると考え出します。

海外の輸入業者を調べ上げ、直接交渉しました。約1週間で10箇所近い輸入業者に会ったと言います。

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即日納品を可能にする戦略を考える!保証金として7000万円が必要だった

海外から直接輸入できるようにした松浦勝人さんは、次にライバルに勝つ戦略を考えました。当時のライバルの輸入業者は、オーダーから納品まで5日ほどかかっていました。

そこで、松浦勝人さんは、アメリカのコネチカット州の「CDワンストップ」という問屋と交渉しました。

そして、「CDワンストップ」の在庫として日本においてもらい、売れた分だけ支払えば良いというアイデアを考えました。交渉の結果、保証金を払う事が条件になりました。要求された保証金は7000万円でした。松浦勝人さんは、借金をして保証金を払いました。戦略は当たり、オーダーが殺到しました。

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レコード会社への道を選ぶ!ジュリアナ東京で大流行!そして小室哲哉プロデュースへ

この頃、イタリアのインディペンデントレーベルから、商品ではなく、日本国内でオリジナルのCDをリリースする「権利」を買わないかという話が持ち込まれました。権利を買うという事は、レコード会社としてメーカーになっていくという事でした。松浦勝人さんは、周囲の反対を押し切って、レコード会社への道を選びました。

松浦勝人さんは、曲の売り込みを必死に行いました。プロモーションを集中させたのは、ディスコのDJでした。そして、当時流行だった「ジュリアナ東京」のDJに掛けてもらうようになります。

そこで、avexの楽曲は大流行しました。松浦勝人さんが次に狙ったのが、小室哲哉氏が率いるTMNからカバー曲を出す事でした。小室哲哉氏は、松浦勝人さんのダンスミュージックへの思いを聞き、カバーアルバムの制作を認めました。松浦勝人さんは、交渉を繰り返し、小室哲哉プロデュースへとこぎつけます。

2008年に小室哲哉さんが事件を起こした際には、松浦勝人さんは約6億5000万円を個人的に融資しました。個人で数億円を動かす事ができるとして大きな話題になりました。松浦勝人さんの年収は3億7800万円、その総資産は500~100億円と言われています。

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今回のまとめ

松浦勝人さんは、個人で数億円を動かす事が出来るとして大きな話題になった事があります。年収は3億7800万円、その総資産は500~100億円と言われています。

事業の出発点は貸レコード店のバイトでした。徹底的に自社の弱点を克服し、ライバルに勝つ戦略を考え続ける姿勢が、松浦勝人さんの成功を生み出しています。

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